東京高等裁判所 昭和23年(ネ)433号 判決
控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求め、なお請求の拡張をなして原判決認容の分と合せ「控訴人は被控訴人に対し東京都大田区上池上千十三番地ノ一所在家屋番号甲三五〇番木造瓦葺貳階建居宅一棟建坪二十三坪貳階十坪を明け渡し且昭和二十二年七月分残金六十円同年八月一日から同年九月三十日まで一ケ月金八十円、同年十月一日から昭和二十三年十月十日まで一ケ月金百八十四円、同年同月十一日から昭和二十四年五月三十一日まで一ケ月金四百六十円、同年六月一日から右家屋明渡済に至るまで一ケ月金七百三十六円の割合による金員を支拂わねばならぬ」との判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述は、被控訴代理人において「本件家屋明渡請求は賃貸借契約の合意解除を原因とするものであつて明渡の合意の成立したのは昭和二十年四月上旬である。即ち被控訴人は本件家屋を控訴人に賃貸した直後の昭和二十年二月二十五日被控訴人の居宅が防空法による第六次強制疎開を受けた当時は空屋も非常に多く他へ轉宅することも極めて容易であつたので右家屋の返還方を交渉したところ控訴人もその事情を諒として明渡を承諾して呉れ、至急に家を見付けるから暫く待つて貰いたいとの話であつたので被控訴人は一時倉庫の一隅三疊二間に八人も這入り仮住いし或は縁故先に預つて貰つたりして控訴人の明渡を待つていた、ところが控訴人はなかなか明けないのでその間屡々樣子を聞きに行つたが何時も同じ樣なことを言われるので同年九月頃明渡期日を決めて貰う交渉をしたところ、控訴人は二ケ月の期限を呉れと言われそのことを書面に書いて渡して呉れた、もつとも控訴人は今家を捜しているのでその通り出來ないかも知れないが遲くも十二月中には必ず明けると付け加えた、しかるに更に実行の氣配も見えないので東調布警察署の生活相談所に持ち込み斡旋方を依頼し昭和二十一年一月頃同署中野壽春巡査の調停で同年五月一日限り明け渡す約束が成立し双方連署の書面を作成し提出した、その後一ケ年延期となつたがそれも一挙に承諾したのではなくその間屡々請求しその都度一ケ月、二ケ月と明渡を延期されて止むなく引き延ばされたのである、以上の経過であつて(イ)最初明渡の合意が成立したのは昭和二十年四月上旬でその際は期限を定めず可成早急に明渡すと言ふことであつたが、(ロ)その後屡々請求し九月に日限を定めて貰う交渉をして二ケ月延期を、求められ遲くも十二月中に明ける約束をした、(ハ)昭和二十一年一月中東調布警察署で同年五月一日限り明け渡す調停が成立し(ニ)期日に至つても実行せず一ケ月、二ケ月と延期を重ねて遂に一ケ年延ばされたのである、依つて若し(イ)が認められないとすれば、(ハ)によつて合意解除されたことを主張し、本件賃貸借終了の原因としては右合意解除による終了のみを主張して解約申入による終了は主張しない。又賃料は賃貸借契約の当初は一ケ月九十円の約束であつたが第一回分の賃料を受け取らない間に被控訴人に疎開命令が來たため本件家屋明渡の交渉が始まり階下四疊半一室に荷物を預つて貰うことにし、取りあえず賃料は月八十円とした、賃料を八十円にしたのは疎開命令直後の三月二十七、八日頃で荷物を搬入したのは同年四月六日である、その室は被控訴人が使用することになつていたのであるが現在控訴人が使用し被控訴人の荷物は控訴人において今尚保管中である、それ故昭和二十二年一月から同年九月三十日までの損害金は右賃料一ケ月八十円を以つて相当額とするか被控訴人が控訴人に返還すべき敷金五百円を昭和二十二年一月一日から同年六月三十日まで右割合による損害金四百八十円及び同年七月分損害金の内金二十円合計五百円は対当額において相殺する、從つて七月分の残額六十円と八、九月分は金八十円宛を請求する、而して本件家屋は昭和十四年六月一日の建築にかかるものであるから地代家賃統制令に基き賃料は昭和二十二年十月一日以降は從前の二、三倍に修正されたからその後の損害金は一ケ月につき前記賃料の二、三倍なる百八十四円が相当であり昭和二十三年十月十一日以降はその二、五倍に修正されたからその後の損害金は一ケ月につき金四百六十円、更に昭和二十四年六月一日以降はその一、六倍に修正されたからその後の損害金は一ケ月金七百三十六円を以てそれぞれ相当するから右家屋明渡済に至るまで右賃料相当の損害金の支拂を求める、尚控訴人の抗弁に対しては合意解除の撤回の事実はこれを否認する、もつとも昭和二十一年十二月三十日控訴人から金九百六十円の交付を受けた事実はあるが右は損害金として受領したもので賃料として支拂を受けたものではない、供託の事実は認めるが右は賃料として供託されたものであるから損害金の請求については何等影響するものでない」と補述し控訴代理人において「本件家屋の從前の賃料が一ケ月金八十円の割合であること、控訴人が被控訴人に対し敷金五百円を差し入れてあること、並びに被控訴人主張のような家賃の修正に関する告示があつたことはいずれもこれを認めるが損害金は結局賃料相当なるべきであり本件の如く控訴人において疊換へ、土手の土崩れの修理等に多大の費用を支出しているような場合においては損害金の計算においては右事実は斟酌されるものと主張する、被控訴人主張の合意解除の事実はいずれもこれを否認する、もつとも被控訴人が東調布警察署生活相談係に本件家屋の一部明渡について斡旋を求めた際控訴人が昭和二十一年一月頃同係巡査部長中野壽春の面前において被控訴人に対して適当な移轉先があれば六ケ月以内に本件家屋を明渡すべき旨言明した事実はあるが、これを以て本件当事者間に本件賃貸借解除の合意が成立したものとなすことは出來ない、仮りにその際合意解除があつたとしてもその後控訴人に適当な移轉先がなかつたため被控訴人は控訴人に対し同年五月頃右解除を撤回し引き続き本件家屋を賃貸する旨約した仮りに右事実が認められないとしても被控訴人は控訴人に対し同年十二月三十日右解除を撤回し引き続き本件家屋を賃貸する旨約し控訴人より昭和二十一年一月分から同年十二月分まで一ケ月金八十円の割合による賃料合計九百六十円の支拂を受けた、しかしその後控訴人において賃料を提供するも被控訴人はこれが受領を拒絶したので引き続き昭和二十三年六月分まで弁済供託をなした次第である、尚原判決事実摘示中雪ケ谷警察署とあるは東調布警察署の誤につき訂正する、係巡査部長の強迫に基くとの主張はこれを維持する、新たな賃貸借が成立したとの抗弁はこれを撤回する」と述べた外はいずれも原判決の事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。
<立証省略>
三、理 由
被控訴人が昭和二十年三月十五日控訴人に対し本件家屋を賃料一ケ月金九十円毎月二十八日拂の約にて期間を定めずに賃貸し、右賃貸借成立直後賃料を一ケ月金八十円に減額したこと、その後現在まで控訴人が右建物を占有していることは当事者間に爭いない事実である。
依つて本件家屋の右賃貸借がいずれの時期かに果して合意解除されたか否かについて審究するに原審証人中野壽春、中島太助、当審証人中島松太郎の各供述(但しいずれも後記信用しない部分を除く)によれば被控訴人は本件家屋を控訴人に賃貸した直後の昭和二十年三月下旬頃被控訴人居住の家屋が急に強制疎開で取毀されることになつたのでその移轉先に窮し同年四月上旬頃控訴人にその事情を告げて本件家屋の明渡方を懇請したところ控訴人も移轉先家屋の有り次第明け渡すこととなつたが同人は容易に明け渡さないので同年九月頃には被控訴人の長男松太郎或はその弟太助をして再三明渡方を催促したが控訴人は家が有り次第明け渡す旨の前言を繰り返すのみで他に移轉する氣配も見えなかつたので東調布警察署生活相談係に斡旋方を依頼し昭和二十一年一月頃同係員中野壽春の面前で本件家屋の明渡問題につき同年五月一日迄の期限を定め一應人事相談が纏つたが右日時を過ぎるも控訴人は本件家屋を明渡すに至らなかつた事実は明かであるが、右各証人の供述中昭和二十年四月上旬或は昭和二十一年一月頃において控訴人が本件家屋を明渡すことを承諾したので賃貸借が合意解除されたとの被控訴人主張事実に関する供述部分は当審証人岩井加代、原審並びに当審における控訴本人(被告本人)岩井卯之助の各供述に照したやすく信用し難く被控訴人挙示の他の全証拠によるも右合意解除を肯認せしめる事実はこれを認めることができない。却つて右証人岩井加代及び控訴本人(被告本人)の各供述によれば控訴人が本件家屋賃借直後被控訴人から前記の如く強制疎開により移轉先に窮して居る事情を告げられ本件家屋の明渡を懇請せられて以來屡々明渡方の実現を迫られたのであるがその都度控訴人は他に移轉先の家屋が見当り次第明け渡す旨を答へ前記東調布警察署の人事相談において期限を昭和二十一年五月一日限りと定めたのも他に家を捜して若し移轉先の家があつたなら同日までに明け渡す旨承諾したに止まり、移轉先の家屋の有無にかかわらず本件賃貸借を解除して明渡をなすべき旨の承諾を與えたことは嘗て一回もなく、その後極力移轉先を探すも異常なる住宅難のため適当なる移轉先はなく今日にいたれる事実を看取するに十分である。
しからば本件家屋の賃貸借は今尚有効に存続しているものと認める外はないから右賃貸借が昭和二十年四月上旬或は昭和二十一年一月中に合意解除されて終了した旨主張しこれを前提として控訴人に対し右家屋の明渡並びに賃料相当の損害金の支拂を求める本訴請求は爾余の点について判断するまでもなく失当であることが明かであるから全部これを棄却すべきである。
從つて被控訴人の原審における請求を認容した原判決は不当であつて本件控訴はその理由があるから民事訴訟法第三百八十六條、第九十六條、第八十九條を適用し主文の通り判決する。
(裁判官 大江保直 梅原松次郎 奥野利一)